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『生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ近代動物画の冒険』を泉屋博古館分館にて

木島櫻谷Part

 東京、六本木の泉屋博古館分館にて2018年2月24日(土)~4月8日(日)の日程で開催中、『生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ近代動物画の冒険』のレポートです。京都の日本画家、木島櫻谷による動物画を集めた特別展を紹介します。

 PartⅡのレポートはこちら
『生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し』を泉屋博古館分館にて - Art-Exhibition.Tokyo

京都三大動物画家の一人、木島櫻谷の動物画を多数展示する生誕140年記念特別展

f:id:async-harmony:20180j:plain木島櫻谷《熊鷲図屏風》右隻 明治時代 個人蔵

 木島櫻谷(このしま おうこく1877-1938)は、明治から昭和初期にかけて活躍した京都の日本画家です。日本画界における最大派閥である四条派の伝統を受け継ぎ、技巧的な写生力と情趣ある画風で、「最後の四条派」とまで称されました。20代で頭角を現した櫻谷は、明治後半から大正期にかけて、上野で開かれた文部省美術展(文展)の花形としても活躍しました。

 優れた作品を数多く生み出した彼の画業のなかで、最も高く評価されたのが動物画です。近代日本画の先駆者とされる竹内栖鳳、その弟子にして師を凌ぐとも評された西村五雲とならんで京都画壇における三大動物画家の一人とも呼ばれました。

 徹底した写生を基礎に、卓越した技術と独自の感性により描かれた櫻谷の動物画は、確実で精緻に捉えられている一方で、その動物たちの表情は情趣があり、どこかもの言いたげで憂いを感じさせます。

 本展では、櫻谷が描いた"動物"に焦点を当て、その代表作はもちろん未公開作品も一堂に集められ、多様な表現とその変遷をたどることができます。また、櫻谷文庫に遺された多くの資料調査から、それらの制作背景や画材などがあわせて紹介されています。

 f:id:async-harmony:20180328214358j:plain木島櫻谷《獅子図》 昭和時代 櫻谷文庫

レポート

 本展は京都の泉屋博古館にて、昨年10/28~12/3で開催されていたもので、巡回で東京の分館へとやってきました。京都では木島櫻谷生誕140年を記念して、同館と併せて京都市内の3つの施設を結んだ大規模な回顧展が行われていたようです。

 それほど知名度の高くない木島櫻谷ですが、2013年に回顧展が開催されたことを機に再びスポットが当たり始めています。京都からの巡回展だということ、そしてNHKの「日曜美術館」で特集されたこともあり、開幕前から非常に注目度の高い展覧会です。

 今回、開幕から1月ほど経ってやっと行ってきました。平日の午後でしたがなかなかの盛況っぷりです。会場である泉屋博古館分館は、2つの展示室からなるそれほど大きくない美術館ですので少し窮屈感はありました。とはいえ人だかりで作品が全然見えないなんてことはないと思いますので安心してください。

 出品点数は30点程(写生帖や画材、資料などは別)と多くはないですが、物足りなさは感じない充実した内容で大満足でした。本展には初公開となる作品も多く出品されており、どれもが傑作といわれるものばかりです。櫻谷が最も得意とした動物画を集めた展覧会ですが、力強く描かれている動物もどこか愛らしさを感じられて、なんとも不思議な気分になりました。彼自身動物園で頻繁に写生を行っていたこともあり、野性味が削がれた動物が描かれているからかもしれません。普段日本画をあまり観ない方にもおすすめしたい展覧会です。

 会場では図録も販売されています。出品作品の画像はもちろんのこと、解説やコラムも盛り沢山ですし、関連する作品の画像も掲載されていてとてもおすすめです。そのほかにも種類豊富なポストカードなども販売されていました。

見どころ紹介

代表作、初公開作品が集結

 本展には、櫻谷の最高傑作ともいわれる《寒月》をはじめ、数々の動物画の名作が出品されています。さらに、そのなかには今回初めて公開される作品も多く含まれています。

 櫻谷の動物画を観る上で、まず注目すべき点は動物の毛並みです。一本一本の毛を墨の濃淡で描く「毛描き」という手法が多くの作品に用いられていますが、この毛描きの技術がほかの画家と比較しても櫻谷は際立っているといえます。

 さらに真骨頂とされるのが、動物たちの表情です。柔らかい表情や可愛らしい眼は、まるで人格をもって物事を考えているようで親しみを感じさせます。これは、櫻谷が動物に自身の心情を託すように描いたためだともいわれています。その辺りに注目して鑑賞していただくと、作品に親近感が感じられてより楽しめるのではないでしょうか。

 今回は本展に出品されている多くの作品のなかから、個人的に印象的だった作品を3点紹介します。

《寒月》

f:id:async-harmony:20180328214302j:plain木島櫻谷《寒月》大正元年(1912) 京都市美術館蔵

 それまで屏風画は左右一対の構図で描かれるのが常識でしたが、それを洋画的なパノラマ画面で描くという発想を、櫻谷は発展させ確立しました。本作もその構成をもつ作品です。月に照らされた竹林に雪が積もり、そのなかを狐が彷徨い歩いている様子が描かれています。

 まず注目すべきは雪の表現です。それまで日本画において雪は描かずに白く抜いてしまう場合がほとんどでしたが、本作では胡粉という白い絵の具が全面に塗られ、さらにその上に何層も塗り重ねることで雪が積もった立体感を表現しています。

 次に、黒いシルエットのように見えるやぶや竹林に注目です。奥に月が出ていますから、こちらから見える部分はその影を描いています。一見すると黒にも見えるこの部分ですが、実はよく見ると青い顔料が使われているのがわかります。群青という櫻谷が最も強いこだわりを抱いていた顔料なのですが、当時はこのような黒っぽい群青は存在しませんでした。そこで彼はこの群青をフライパンで焼き、その焼き時間を変えることで様々な黒さの群青を作り出したのです。竹の部分は、まず墨で形をとりその上に焼き時間を変えた2種類の群青が塗り重ねられていると思われます。それによって実に深みのある暗闇が表現されているわけですね。移動しながら観ると、粒子に光が反射してキラキラしています。

 そして、画像ではわからないかもしれませんが、雪の中に小さな白い花が咲いています。これは雪を描くのに使った胡粉とは違う、より白い胡粉によって描かれています。さらに、雪のやわらかさや深さを表した狐の足跡や、竹の根の部分の雪解けも実に繊細な表現によって描かれています。墨の濃淡によって見事なまでに雪が積もっている様子を強調しています。こういった様々な描き分けの技術を集結させた本作は、櫻谷の最高傑作といわれ、大正元年に開かれた第6回文展の日本画の部門で最高賞を獲得しました。しかし、この作品を評価しなかった人がいたのです…それはなんとあの夏目漱石でした。

 当時朝日新聞の記者だった夏目漱石が、批評欄にてこの作品を酷評しました。
「屏風に月と竹と そこから狐だか何だか動物が一匹いる その月は寒いでしょうと言っている 竹は夜でしょうと言っている ところが動物は いえ昼間ですと答えている」
と言い、狐の瞳の不自然さを指摘しました。細長い瞳孔が、昼間の形であるということです。さらに、
「とにかく屏風にするよりも写真屋の背景にした方が適当な絵である」
とまで言い放ちました。これは、漱石自身がヨーロッパで写実的な絵画を観尽していたこともあり、こういった作風を日本画でやってもしょうがないという批判精神からきた発言だと思われます。ちなみに櫻谷はこの酷評について語ることは生涯ありませんでした。

 漱石は酷評したこの作品ですが、僕はまさに傑作だと思いました。皆さんはどうでしょうか。ぜひ生で鑑賞して確かめてみてください。

《猛鷲図》

f:id:async-harmony:20180328214314j:plain木島櫻谷《猛鷲図》明治36年(1903) 株式会社千總蔵

 この作品はビロード友禅といういわゆるタペストリーの原画として描かれたもので、そのタペストリーは当時明治天皇が購入し、現在も宮内庁にて保管されているそうです。

 風や光の表現に西洋画の影響が見て取れます。首元の毛が風でなびいている表現が実に見事ですね。左の羽のてっぺんに強い光が当たっているのも確認できます。

《獅子虎図屏風》

f:id:async-harmony:20180331205735j:plain木島櫻谷《獅子虎図屏風》左隻 明治37年(1904) 個人蔵

f:id:async-harmony:20180328214329j:plain木島櫻谷《獅子虎図屏風》右隻 明治37年(1904) 個人蔵

 こちらは上下2枚で対の屏風になっています。本展には屏風画が数点出品されていますが、それらが普通の平面画と違うのは最初から折り目が付くことを考えて制作されるというところです。それゆえに、出るところと引っ込むところを上手く利用した立体的な作品になっています。2枚が横並びになっているのを左の方から見ると、まるで虎と獅子の顔が向き合っているように見えます。このように屏風画は、移動しながら様々な角度で鑑賞すると全く違った見え方ができますので試してみてください。

約100年ぶりに発見された幻の名画も展示

《かりくら》 明治43年(1910) 櫻谷文庫蔵

 本作は、明治43年の第4回文展で入賞を果たした作品ですが、海外に出品されたあと約100年にわたって行方がわからなくなっていました。そんな行方不明の名画が発見されたのは意外にも櫻谷邸の倉の中でした。ひ孫の門田理さんがたまたま発見したのです。しかし、長年巻かれた状態で露出していたため、発見された際には見るも無残なほどに劣化していたそう。折れ、虫損、汚れなどが目立ち、剥落や亀裂が広がっていました。その後2年間にわたる修理によって復元し、昨年9月に修復披露されたのです。

 高さ2.6mという巨大画面に、狩りの腕前を競うい合う様子を描いた作品で、非常に臨場感があります。馬の姿勢、そして枯草がなびいている描写が迫力を醸し出している点にも注目です。

沢山の写生絵、資料や画材にも注目

 本展には櫻谷文庫に遺された多くの写生帖や画材なども多数展示されています。櫻谷の動物画は徹底した写生をもとに描かれていますが、彼が生涯で描いた写生帖は現在わかっているだけでも6~700冊あるそうです。描いた写生帖を積み上げて自分の身長ほどになれば一人前と言われたそうですが、櫻谷はその2、3倍にもなります。本展に展示されているのはそのごく一部ですが、写生の段階で動物の特徴を実によく捉えているのがわかります。櫻谷はこれらの写生の多くを京都市動物園で行いましたが、その熱意を評してか動物園側からフリーパスが贈られたそうで、それも展示されていました。

 櫻谷が実際に使用した画材も見逃せません。数多く遺された顔料を研究したところその数は500種類を超えるほどだったそうです。そのなかでも櫻谷が最もこだわった顔料である群青はかなりの種類を所有しており、それだけを保管するケースと共に展示されています。

最後に

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 美術館周辺には桜の木がたくさんありましたが、この時点ではまだ満開までもう少しといった感じでした。会期終了までには散ってしまうかもしれませんが、早めに行けば見ごろの状態を見られるでしょう。

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 さて、お恥ずかしながらその名を存じ上げなかった木島櫻谷の展覧会でしたが、今回初めて彼の作品を観てその繊細さと大胆さが共存した描写にとても引き込まれ、虜にされてしまいました。本展には、今回初めて公開される作品も多数展示されていますし、個人蔵の作品も複数出品されています。それらが一堂に会する貴重な機会をお見逃しなく。 

 本展終了後には、2018年4月14日(土)~5月6日(日)にかけて「PartⅡ木島櫻谷の『四季連作屏風』+近代花鳥図屏風尽し」も開催されます。こちらのレポート記事も書きますのでよろしくお願いします。

以上、『生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ近代動物画の冒険』のレポートでした。

PartⅡのレポートはこちら

『生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し』を泉屋博古館分館にて - Art-Exhibition.Tokyo

開催概要

会期:2018年2月24日(土)~4月8日(日)
開館時間:午前10時00分~午後5時00分(入館は4時30分まで)
休館日:月曜

入館料

一般 800円(640円) / 学生600円(480円) / 中学生以下無料
20名様以上の団体の方は( )内の割引料金

アクセス

 会場となっている泉屋博古館分館は、東京メトロ南北線「六本木一丁目」駅から歩いて5分少々です。泉ガーデンという商業施設の敷地内を通って会場へと向かうことになりますが、今回はそのルートを紹介します。

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 東京メトロ南北線「六本木一丁目」駅の北改札がスタートです。ほかにも改札がありますので、間違えないように注意してください。

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出口1・2と書かれた右手方向に進み、写真奥に見えるエスカレーターに乗って地上へと上がります。

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ひたすら正面にエスカレーターが続いていますので、それに乗って最上階(5階)まで上がります。展覧会の懸垂幕が目印です。
 
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5階で一度エスカレーターが途切れますが、右の方にまだ続いていますのでそちらに乗ると最上階に到着します。

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そのまま50mほど直進して到着です。進行方向左手側にあります。

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