コラム

解説編 『ルドン―秘密の花園』展 三菱一号館美術館
展覧会を楽しむための予備知識を解説

 東京、丸の内の三菱一号館美術館にて開催、『ルドン―秘密の花園』展の解説編です。同世代である印象派の画家たちとは一線を画した、幻想的な作風で知られるオディロン・ルドンが、生涯描いた「植物」に焦点を当てる世界初の展覧会の予備知識を解説します。

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(レポート編 『ルドン―秘密の花園』展を三菱一号館美術館にて 感想と見どころを紹介します。 - Art-Exhibition.Tokyo)

ルドンが描いた「植物」に焦点を当てた世界で初めての展覧会

 モネをはじめとした印象派の画家たちと同世代でありながら一線を画し、内面世界に目を向け、幻想的な作品を描いたオディロン・ルドン。そのなかでも本展は彼が生涯にわたって描いた「植物」に焦点をあてた世界初の展覧会となります。

 2011年3月にパリで開催されたルドン展にて初公開され、今では三菱一号館美術館所蔵の《グラン・ブーケ》と、オルセー美術館所蔵でドムシー城の食堂を飾った15点の装飾壁画が一堂に会す日本初の機会でもあります。

 このほか、世界有数のルドンコレクションとして知られる岐阜県美術館をはじめ、国内の美術館、そして海外の主要美術館から植物のモチーフのルドン作品が来日し、およそ90点で構成される大規模なルドン展です。

ルドンとは

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※参考画像 オディロン・ルドン《自画像》1880年 オルセー美術館展蔵

 オディロン・ルドン(1840-1916年)は、19世紀~20世紀に活躍したフランスの画家で、印象派のクロード・モネ(1840-1926)や、彫刻家オーギュスト・ロダン(1840-1917)、自然主義の文筆家エミール・ゾラ(1840-1902)と同い年です。

 1840年にフランス南西部の港町ボルドーの裕福な家庭に生まれますが、生後わずか2日で郊外のペイルルバードにあったブドウ園の屋敷へと里子に出され、ここを管理していた親戚の老人に11歳になるまで育てられます。病弱で内向的だったルドンは子供の頃から絵を書き始め、学業のために戻ったボルドーで地元の風景画家スタニスラス・ゴランのもとに通いました。しかし、家族がルドンに建築家になることを望んだこともあり、ルドンはパリの国立美術学校エコール・デ・ボザールの入学試験を受けましたが不合格となり、結局建築の道は諦め画家としての人生を歩むことになります。ちなみに弟のガストン・ルドンは後に建築家になりました。

 ルドンは同世代である印象派の画家たちとは、その作風やテーマが全く異なります。光の効果を追求し、ありふれた風景を主な画題とした印象派の画家たちに対し、ルドンは幻想の世界、夢や無意識の世界に踏み込んだ作品を描きました。特にキャリア初期には、眼球や怪物といった奇怪なテーマを繰り返し手がけました。

 鮮やかな色彩を用いるようになったのは1890年頃、50歳を過ぎてからのことで、なかでも花瓶に挿した花を非常に鮮烈な色彩で描いた一連のパステル画が知られています。

「黒」の画家

 1864年パリに出て歴史画家のジャン=レオン・ジェロームに師事しますが、アカデミックな教育方針が合わなかったため数か月で挫折し、ボルドーに戻ります。ちょうどその頃ボルドーには放浪のボヘミアン画家として知られた銅版画家ロドルフ・ブレダンが滞在しており、ルドンは彼からエッチングを中心とする銅版画の技法を学びました。後にルドンは、木炭画や版画の白黒作品を、愛着を込めて「わたしの黒」と呼ぶようになります。ブレスダンはルドンの画業に大きな影響を与えたのです。また、1878年頃に版画家アンリ・ファンタン=ラトゥールから石版画(リトグラフ)の指導を受けました。

オディロン・ルドン《スペインにて》1865年 エッチング/紙 22.2 (20.0)×15.9 (11.0)cm シカゴ美術館蔵 The Art Institute of Chicago, The Stickney Collection,1920.1552 The Art Institute of Chicago / Art Resource, NY

植物学者アルマン・クラヴォーの影響

 ルドンといえば人間の頭部をもった植物といった奇怪な作品をイメージする方も多いのではないでしょうか。これらの作風には、20歳の頃に知り合った植物学者アルマン・クラヴォーが影響を与えたとされています。クラヴォーは若き日のルドンをボードレールやエドガー・アラン・ポーなどの文学に導きました。さらに、東洋の仏教を含む幅広い世界にルドンが関心を抱くようになったのもクラヴォーの影響によるものです。

 また、彼から植物学を学んだことも、この時期の植物画に影響しています。ルドンによると、クラヴォーは「一日のうち数時間だけ光線の働きによって動物として生きる神秘的な」植物、「動物と植物の中間の生命」を研究していたそうです。1891年に80部が発行された石版画集『夢想』は、その前年に自殺したクラヴォーに捧げたものです。

f:id:async-harmony:20180208232033p:plainオディロン・ルドン《『起源』II. おそらく花の中に最初の視覚が試みられた》1883年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ) 22.3×17.2cm 岐阜県美術館蔵
オディロン・ルドン《『夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)』VI. 日の光》1891年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)21.0×15.8cm 三菱一号館美術館蔵

色彩表現の開花

 初の版画集『夢のなかで』が発行されたのは1879年、ルドン39歳の時ですが、これによって1880年代のルドンは世間から「黒」の画家として認知されました。しかし、1890年頃を境に突如画風を変え、神話や花々を色鮮やかに描くようになります。実のところは、「黒」の作品を描いていた時期も油絵による小品を制作し続けていたのですが、ルドンはこれらの小型の風景画を「作者のためのエチュード(習作)」と呼んで発表しなかったため、画家の生前にはほとんど世にでることがなかったのです。

 1894年に、印象派を取り扱っていたデュラン=リュエル画廊で出品点数140点を超える最初の大個展を開催した際、ルドンは油彩9点、パステル10点を発表しています。その後はパステル、次いで油絵の制作比率が高まり、やがて「黒」を描くことはなくなります。それでも植物のモチーフは変わることなく描き続けました。

オディロン・ルドン《眼をとじて》1900年以降 油彩/カンヴァス 65.0×50.0cm 岐阜県美術館蔵
オディロン・ルドン《神秘的な対話》1896年頃 油彩/カンヴァス 65.0×46.0cm 岐阜県美術館

ドムシー城の食堂装飾壁画《グラン・ブーケ(大きな花束)》

 晩年のルドンが多く手掛けたのが装飾画でした。そして、現存作品のなかでルドンが最初に描いた本格的な装飾画が本展最大の目玉、《グラン・ブーケ(大きな花束)》を中心としたロベール・ド・ドムシー男爵の城館を飾った16点の壁画です。1893年にパリでルドンと知り合った男爵は、ルドンのパトロンとして作品を収集したり、仕事の依頼をしました。そのなかで、城館の大食堂の壁面全体を覆う装飾をルドンに任せます。ちなみにこの時、ルドンは既に60歳の誕生日を過ぎていました。当初は巨大な壁面を18分割することを考えたようですが、現在残されているのは装飾画16点のみです。

 1年以上の制作期間のなかで、男爵はルドンをイタリアに連れていき、レオナルド・ダヴィンチ《最後の晩餐》などを見せて勉強する機会を与えたそうです。1901年に完成した16点の装飾画はブルゴーニュ地方のヴェズレー近郊にあるドムシー城に運ばれ、設置されました。そしてそのまま人目に触れることなく大食堂に秘蔵されたのです。

 1978年になり《グラン・ブーケ》を除く15点の壁画は食堂から外され、1980年には日本で公開されました。そして1988年にはフランスの国家所有となり、現在ではオルセー美術館が収蔵しています。そんななか、装飾壁画の中心的な存在だった《グラン・ブーケ》のみが、ドムシー城の大食堂に残されたままにされました。その後この絵を三菱一号館美術館が購入しますが、日本への輸送前2011年3月にパリでの展覧会にて他の15点の装飾画と併せて、制作後110年目にして初めて一般に公開されました。日本での《グラン・ブーケ》初公開は2012年に三菱一号館美術館にて開催された『ルドンとその周辺-夢見る象徴主義』展でしたが、他の15点と一緒に展示されるのは今回が初めてのことです。作品の状態を考えると、全点揃っての展示は本展が恐らく最後の機会になるとのこと。

 

《グラン・ブーケ(大きな花束)》1901年 パステル/カンヴァス 248.3×162.9cm 三菱一号館美術館蔵

[ドムシー男爵の城館の食堂壁画15枚のうち] 上段左から《黄色い背景の樹》/《人物》2/《人物(黄色い花)》/《黄色い背景の樹》 下段左から《花のフリーズ(赤いひな菊)》/《花と実のフリーズ》 以上すべて、1900-1901年 木炭、油彩、デトランプ/カンヴァス オルセー美術館蔵 Photo(C)RMN-Grand Palais (musee d’Orsay) / Herve Lewandowski / distributed by AMF

最後に

 ルドンは西洋絵画の歴史の最も大きな転換点であった19世紀後半から20世紀初頭において、独自の道を歩んだ孤高の画家であると言えます。印象派の画家たちが色彩を追及していた頃に、彼は「黒」を追及しました。そして世間が彼を「黒」の画家として評価しだした頃には一転して「色彩」の絵を描いたのです。しかし、「植物」に関してはキャリアを通して描き続けました。この展覧会は、「植物」によって彼の「黒」と「色彩」二つの時代を結び付け、一人の画家の多様性を改めて感じさせる素晴らしいコンセプトではないでしょうか。

 ということで、三菱一号館美術館にて開催、『ルドン―秘密の花園』を楽しむための予備知識解説編でした。

 
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開催概要

会期:2018年2月8日(木)~5月20日(日)
開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は21:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(但し、祝日の場合、5/14とトークフリーデーの2/26、3/26は開館)

観覧料金

前売券:1,500円 ※大学生以下は、前売券の設定はありません
当日: 一般 1,700円 高校・大学 1,000円  小・中学生 500円

アフター5女子割:第2水曜日17時以降/当日券一般(女性のみ)1000円
※他の割引との併用不可 ※利用の際は「女子割」での当日券ご購入の旨お申し出下さい。

アクセス

三菱一号館美術館

〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2
JR「東京」駅(丸の内南口)徒歩5分
JR「有楽町」駅(国際フォーラム口)徒歩6分
東京メトロ千代田線「二重橋前」駅(1番出口)徒歩3分
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都営三田線「日比谷」駅(B7出口)徒歩3分
東京メトロ丸ノ内線「東京」駅(地下道直結)徒歩6分
※三菱一号館美術館HPより

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